前回に引き続き、古典落語「芝浜」についての記述になります。
四十二両という大金を拾った魚屋の勝五郎。そのお金を使ってしまおうという勝五郎は、呑み仲間たちとどんちゃん騒ぎをして、すっかり眠ってしまいました。
「お前さん、起きとくれ。お前さん」
女房の声に目を覚ました勝五郎。
「あれ、みんなは?」
「もう帰っちゃったよ。それよりお前さん」
「へぇ?」
「この騒ぎの払いはどうするの?」
「払いって・・・四十二両あるだろうに」
「四十二両?なんだね、それは」
「四十二両って、今朝方、拾ってきたあれだよ」
女房の様子に不審を抱いた勝五郎は、飛び起きます。女房の語るところによると、勝五郎は出かけていったはいいものの、夜が明けて、おてんとうさんが登りきったところで、仲間を大勢連れて、どんちゃん騒ぎを始めたとのことでした。
「それじゃあ、あの金は・・・?」
「夢でも見たんじゃないの?」
その一言で、がっくりと肩を落とした勝五郎でした。しかし、同時に勝五郎の身体には、何やら憑き物が落ちたような感覚もあったのではないでしょうか。
「おっ母、俺は変わるよ・・・」
「・・・変わる?」
「そうだよ、また一から出直すよ。また前みてぇに腕のいい“魚勝(うおかつ)”と呼ばれるようにさ」
「変わってくれるかい?」
「おうともさ、その気になりゃ、なんだってできるさ!」
「そうだね、頑張ってね。お前さん」
「よし!・・・それからな、おっ母」
「ん?」
「払いはまた次の年ってことで・・・」
それからの勝五郎は、大好きだったお酒を止めて、一生懸命に働き出します。
もともと、腕のいい魚屋さんでしたから、失っていた信頼も、あっという間に取り戻して、三年という月日が流れました。
今では、小さいながらも店を持ち、若い衆の二人も雇っているという身分にまでなりました。そして、あと数日もしたら、あの騒動から四年目という大晦日の夜。
「おっ母、もうそろそろ年越しだなぁ」
「そうだね、お前さん」
二人は、その年で最後の仕事を終えた後、一息ついていました。
「そういや、掛け取り(掛金を取り立てる人)はまだ来ねぇのかい?」
「実はね、先月に全部、支払い終わったのよ」
「そうか!じゃあ、なにかい?今までの溜まりに溜まってた全部か?」
「そうなのよ!お前さん、忙しいと思って言えなかったんだけどね・・・」
「いやぁ、そんなこたぁ、気にすることはねぇよ。そうかい・・・払い終わったかい。まぁ、身軽になって気持ちいいやな」
「これもお前さんのお陰ですよ」
「なに言ってるんだよ、お前がちゃんと家のことを仕切ってくれてるから、俺は安心して商いができるんだ。やっぱり、真面目に働くってのはいいもんだ」
その一言に、女房の心が揺れ動きました。あれほど、働くことを嫌がっていた亭主からそんな言葉が出るとは・・・。
「・・・お前さん、ホントにそう思うかい?」
「そりゃ、そうさ」
「ごめんなさい!」
叫ぶやいなや、女房が突然、頭を下げ、泣き始めました。
勝五郎はあまりに突然のことで呆然としています。訳を聞いてみると、女房は小棚から皮財布を取り出して、勝五郎に渡します。
「おっ、二分金ばかりだな・・・お前、よくもまぁこんなに溜め込んだもんだ。へそくりだろ?」
女房は泣きながら首を横に振ります。
「・・・お前さん、三年前のちょうどこれぐらいの時期に財布を拾ったでしょ?」
「財布?・・・あぁ、あの夢な。いやぁ、俺も忘れちゃいなかったんだな、未だに見ることがあるよ」
「あれね・・・夢なんかじゃなかったの」
女房が語るところによると、あのどんちゃん騒ぎの後、家を飛び出し、住んでいた長屋の大家さんに相談したというのです。大家さん曰く、
「十両を盗んだだけでも打ち首獄門になってしまう。ましてや、拾ったお金に手を出すなんてことをしたら、お奉行所に連れて行かれてしまう」
財布は女房から受け取った大家さんが代理人として、奉行所に落とし物として届けられました。そして勝五郎には「夢だった」と嘘を言えと助言されたというのです。
それから、三年が経ち、落とし主も現れなかったため、財布は女房の手元にやってきたのでした。
泣きながら、告白した女房とその告白を黙って聞いていた勝五郎。
「そうだったのかい・・・テメェ、やりやがったな!」
勝五郎は三年もの間、事実を隠されていたことに腹を立て、怒りに任せて女房の胸ぐらを掴みます。女房としては、折檻されるのは覚悟の上ですから、抵抗も何もありません。
「お前さんが怒るのも無理はないよ・・・だって、長年、連れ添った女房に騙されたんだものね・・・気の済むまで、ぶっておくれ」
「俺はな・・あの時、テメェでテメェが情けなくて、しょうがなかったんだぜ・・・それを、あれは嘘でした、夢じゃなかったなんてよ」
「ごめんなさいね・・・でもね、これだけはお願い」
勝五郎もいつしか、落ち着きを取り戻し、女房から手を解きます。
「気の済むまで、ぶってもいいから、別れるなんてことは言わないでね・・・お前さんからそれを言われちゃ、あたしはどうしようもないの・・・」
こんなことを言われては勝五郎としては、仕方がありません。すっかり、腹の虫が収まりました。
「女将さん、お手を上げなすって・・・」
勝五郎は、顔を伏せていた女房に諭すように語りかけます。
「・・・別れるなんて、言うもんかい。よくよく考えてみりゃ、あの時、金が入ったところで、全部遊びに消えちまっただろうよ。お前のお陰で、俺は立ち直れたんだよ」
その言葉で、女房は安堵しました。その時、遠くの方から、ぼ~ん、ぼ~んとずっしりとした重みのある鐘の音が聞こえてきました。
「お前さん、聞こえるかい?除夜の鐘だよ」
「今年も、もうすぐ終わるなぁ・・・」
「そうだ、お前さん!・・お酒呑むかい?」
「酒?」
勝五郎は、禁酒して以来、味の付くものはお茶しか飲んでいませんでした。それに、口寂しくなると、甘いものを食べるようにしていました。久方ぶりに、女房にお酒を勧められたのです。湯呑みに注がれたお酒を手にした勝五郎。
「いやぁ、この匂い・・・(湯呑みに語りかけるように)久しぶりだな、元気にしてたか?これからもよろしく頼むぜ・・・酒も”よろしく”って言ってるよ!」
「そうだろうね。お前さん、今日はたんと呑んでちょうだいね」
「いいんだな?呑むよ!」
いざ、呑もうとした途端、勝五郎は湯呑みを口から放します。不思議に思った女房。
「お前さん、どうしたの?」
「よそう・・・また、夢になっちまう」
とまぁ、永らく綴ってまいりましたが、「芝浜」の大まかなあらすじはこういうことです。
この大根多は、年末の風物詩的な存在として、噺家さんたちや落語ファンたちに、大切にされてきた人情噺です。
この「芝浜」が様々な噺家さんたちに影響を与えてきたのは有名な話です。この噺も演者によって、様々な演じ方がなされています。
それぞれに聴き比べをするというのも、通な楽しみ方ではないでしょうか。
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