前回に引き続き、古典落語「芝浜」について、記述していきます。
腕は良いのに、お酒に転んでしまった魚屋の勝五郎。年末のある明け方の出来事でした。あまりに仕事をサボータージュする勝五郎に堪りかねた女房が
「ちょいと、お前さん」
「なんだよ?」
「商いに行っておくれな、そんな調子じゃ暮らしが立ち行かないよ」
「そうはいうけどよ・・・」
魚河岸に行くことを渋る勝五郎、それもそのはず。勝五郎はなんと、十日も無断欠勤をしていたのです。
そうなると、今度は自分のバツが悪くなってきます。魚河岸の皆になんと言い訳をすればいいか、お得意先は相手にしてくれるだろうか、そんな不安から逃げるには、引きこもってお酒を呑んでいる方がマシと現実逃避をしてしまうのです。そこで、勝五郎はいろいろと言い訳をします。
「おっ母よ、十日も休んだんだ。商いの支度ができてねぇやな」
「ちゃんと、糸桶に水は張ってあります」
「包丁は?包丁は十日も使わなくっちゃ、錆びてて使い物にならねぇ、行けねぇな」
「ピカピカ光って、蕎麦殻の中にあります」
「・・・草鞋は?」
「卸したてが揃えて置いてあります」
「行き届いてるね・・・」
「仕入れ代もあるし、草鞋も新しい方が気持ちいいでしょ?」
「良かねぇ!良かねぇよ。気持ちいいってぇのはな、商いを休んで、朝から、気の利いたつまみでも食いながら、酒を呑む。これを気持ちいいっていうんじゃあねぇか」
「何を馬鹿なこと、言ってんのよ」
それでも、勝五郎はお得意先がどうのこうのと言い訳をしていると、女房は彼の腕の良さを知っているお得意先なら、必ずまた贔屓にしてくれると励まします。
そこまで言われちゃ敵わない勝五郎、冬の凍てつくような夜風の中を泣く泣く夜明け前の芝の魚河岸に向かいました。
ところが、どの店も閉まっています。辺りには人っ子一人いません。
「おかしいな、誰も居やしねぇじゃねぇか」
そんな時、芝にある増上寺の鐘がぼ~んと鳴りました。
「あっ、そうか。かかぁの野郎、いつもより早く起こしやがった!」
本来であれば、四時に出かけるところを女房は間違えて、二時に起こしてしまったのです。当然、人の気配などあろうはずがないのです。
「今更、戻るのも難だし、一服付けるか」
勝五郎は、夜明け前の芝の浜で煙草を吸って、暇つぶしをします。
寝ぼけ眼を覚ますため、勝五郎は潮水で顔を洗いました。
「かぁーっ!一気に眠気なんか、すっ飛んでいっちゃったな。これだよ、これ。この磯の匂いだよ」
などと、調子づいていると夜が明け始め、波間に漂う皮袋を見つけます。何気なく手に取ってみると、それは皮財布で、ずっしりとしていて、じゃらじゃらと音がします。不審に思った勝五郎、中を開いて、びっくり仰天!
「おっ母!おっ母!」
ドンドンと扉を叩く音。女房は、いつもより早く起こしたことに気づいて、そのことで勝五郎が怒っているのだと思い、慌てて扉を開け、謝ります。
「ごめんなさい、お前さん。あたし、いつもより早く・・・」
「そんなこたぁ、いいんだ!それより、水を一杯の飲ませてくれ」
勝五郎は水を飲み干し、芝の浜で拾った皮財布を女房に見せます。
「お前さん、これって・・・」
「そうだよ、見てみな!」
勝五郎は皮財布の中身を畳の上に広げます。畳一面に広がったのは、大量の二分金。
二分金というのは、江戸時代の貨幣金貨でした。二枚で一両という換算になります。一両は現在の価格に直すと、諸説あるのですが、六万円~十万円ほどになります。ここでは分かりやすく、十万円としましょう。
もし、現代に十万円札があるとすれば、二分金は五万円札のような存在ということになります。そんなものが、大量にあるのです。
商いをする身にとって、その日の稼ぎに変動があるものですから、このような大金を目の前にして、気が動転するのも無理はありません。兎にも角にも、勝五郎は女房と共に、二分金を数えていきます。
「ひと、ひと、ふた、ふた・・・」
「お前さん、イワシ数えてるんじゃないんだよ」
「いつもの癖でな」
勝五郎は魚屋さんですから、魚河岸で使われている魚を数える時の符牒で数えていきます。本来であれば、鼻唄を唄うように爽やかに、かつ威勢よく、数えられますが、目の前の大金に必死の勝五郎は、無意識に低音だったのではないでしょうか。
そうして、数えてみたところ、二分金は八十四枚。両に換算すると、四十二両。一両、十万円として、四百二十万もの大金になります。
「やったな、おっ母!四十二両もあらぁ!これからは、楽して暮らせるぜ!」
「えっ、お前さん、このお金、懐に入れようっての?」
「あたぼうよ!こいつは海で拾ったんだ、落とし主なんざ、いやしねぇ!」
女房の心配を他所に、勝五郎はまたお酒を呑もうと言い出して、挙句、呑み仲間を大勢呼んで、朝からどんちゃん騒ぎをする始末でした。すっかり、酔っ払って高いびきの勝五郎。女房の手元には、皮財布の四十二両。
思い余って、女房は家から飛び出します。
・・・この続きは次回ということにさせて頂きます。
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